35歳を過ぎてからの不妊治療

聖路加国際病院産婦人科・生殖医療センター
佐藤孝道

精子は射精の3ヵ月前に作られはじめますが、卵子は胎児期に作られたものが長い眠りの時期を経て排卵されます。出生後に卵子が新たに作られることはありません。加齢とともに、残っている卵子の数が減少するだけではなく、卵子の『生命力』も低下します。このため、男性の妊孕性が60-70歳へとなだらかに低下するのに対して、女性の妊孕性は35歳前後に低下しはじめ、わずか10年後の45歳にはほとんど失われます。女性の妊孕性の低下は生理学的なものです。これは時代とともに変化することはありません。一方、平均寿命は延び、女性の杜会進出が進み、結婚年齢も出産年齢も上がってきました。女性が妊娠できる期間はだんだん短くなってきています。
35歳を過ぎて結婚された方、ずっと若い頃から不妊治療を行っていた方、仕事が楽しくて子供を作ろうと思ったら年をとってしまっていた方など様々と思います。しかし、卵巣と卵子の加齢だけは、どの方にも避けられない問題です。
この問題に対処するとき、一番大切なことはそれぞれの方が歩んでこられた人生に自信を持つことだと思います。
今までの人生は、もちろん悲しかったこと、つらかったこともあると思いますが、その中で皆さんは一生懸命に生きてこられたのではないでしょうか。若い人たちと違う点は、よりたくさんの経験と英知を持っていることだと思います。それを大切にして、不妊について考えてください。
二番目に大切なことは、現実をきちんと直視することだと思います。残念ながら、加齢によって起こった妊孕力の低下を押しとどめたり回復する方法は現在見っかっていません。子どもを得るためのハードルには、妊娠の成立、流産の回避、子どもの病気の3点があります。このうち最初の二つのハードルはとても高いものです。この二っのハードルをうまく跳び超えるための『秘策』はありません。しかし最後の一つ、ダウン症などの染色体異常を持った子どもの出産は、一般に心配されるほど高い頻度ではありません。また、染色体異常を持った子どもの成長が次第に明らかになり、一般の方が想像されるより遥かに立派に育っていることがはっきりしてきました。
第三に、夫婦二人だけの生活、養子をもらうなど他の選択肢についても考えてみてください。不妊治療の結果、子どもができることもできないこともあります。できた場合でもできなかった場合でも、不妊治療の結果、お二人の間がぎくしゃくしたものになってしまったということがあれば、悔いを残すことにはならないでしょうか。どんな結果になっても、受けてよかったと思えるような治療を受けて頂きたいと思います。
第四に、そうしたことが可能になるためには、不妊の原因や治療法について十分に理解して頂く必要があります。私たちはそのためにこうして公開講座を開いたり、分かりやすい情報提供に心がけています。同時に、お二人がよく理解し合うことや、自分自身の気持ちを整理することが大切です。私たちはそのために不妊カウンセリングにも力を注いできました。
加齢は誰にも避けられない問題です。しかしその問題にどう対処するかは、あなたの、あるいはお二人の英知に関わることです。その英知が十分に発揮できるよう、私たちの持てる知識と医療技術を役立てて頂きたいと思っています。

佐藤孝道(さとうこうどう)
出身地:徳島県、・東京大学医学部医学科卒業、東京大学講師、虎の門病院産婦人科部長を経て、2001年4月から現職。不妊カウンセ
リング学会理事長、遺伝カウンセリング学会理事、産婦人科臨床懇話会代表世話人のほか、不妊学会、新生児学会、受精着床学会、人
類遺伝学会などの評議員。主要著書に、専門書として「体外受精・胚移植マニュアル(佐藤孝道編著)新興医学出版」、「産婦人科臨床
指針(佐藤孝道編著)中外医学社」、「妊娠と薬(佐藤孝道・加野弘道編著)薬業時報社」、『産婦人科手術指針(佐藤孝道編著)中外医
学社」の他、一般向けに「不妊症(佐藤孝道著)小学館」、咄生前診断(佐藤孝道著)有斐閣」、「子宮筋腫(佐藤孝道著)小学館」な
どがある。