不妊はなぜ苦しいの?〜その心と社会を考える〜

心理カウンセラー 赤城恵子

 不妊に悩む女性たちの心理カウンセリングに携ってきた経験から、悩みの諸相について紐解き、その社会背景を考えます。また、子どもができてもできなくても、不妊の悩みを解消し、いきいきと生きるために必要な自己理解や対人関係など、大切なポイントについてお話したいと思います。以下、その内容の一部をご紹介します。
●自分を責めないで―それは悲哀反応です

妊婦さんや幸せそうな親子連れを見ると胸が痛む。出産した人に妬ましさを感じて心から「おめでとう」と言ってあげられない。そんな自分を「心が狭い」「卑屈だ」「冷たい」などと責めていませんか? でもそれは、感情をもつ人間として当たり前の「悲哀反応」なのです。

私たちは人生のなかで、愛する人や慣れ親しんだ環境、からだの機能など、自分にとって大切な愛着の対象を失う事態に遭遇します。精神分析学ではこれを「対象喪失」といいますが、悲哀反応とはその体験にともなう悲しみ、怒り、無力感、罪悪感などの感情や、人目を避ける、嘆き悲しむといった行動をいいます。
不妊も対象喪失のひとつです。「産むための体の働き」「産めるはずの自分」「人生にいるはずの子ども」を失うかもしれない、あるいは失ってしまう体験です。妊娠を期待しては失望する体験を「毎月が小さな流産」と表現する人もいるように、悲しみと不安が心の底に滞り、傷つきやすくなっています。ましてや負担の大きい体外受精後や流産後の喪失感は深いものです。

しかし失うものは、心の内側にある子どもや人生、自己像であり、生殖機能も体内にあるため、はた目にはまったく「見えない喪失」です。そのため、その心の危機は理解されにくいのですが、本人にとって不妊は「内なるわが子の死」であり、母親・父親としての人生が消え去ることを意味しています。そうなる事態を予期するだけでも、私たちの心は悲哀反応を起こしてしまうのです。

それは、実際に存在していた子どもを失った人の反応とそっくりです。「友だちの子が七五三のお祝いをすると聞いたとき、胸がつぶれそうだった。うちでもお祝いできたはずなのに、なぜ、うちの子が……」と語る5歳の子を亡くした女性。「外に出れば、まわりの子ども連れの人へのねたみ。自分がすごくいやな人間になっていく。でも、どうすることもできないんです」という死産後の女性。離婚後に3歳の娘と離別した男性も「通勤途中、保育園の前を通るたびに胸が痛んでつらい」と語っています。
不妊と出会った人は、かれらの心の動きが手に取るように理解されるのではないでしょうか。すべては喪失感が癒されていない段階における悲哀反応です。

感情に正しい感情・間違った感情、いい感情・悪い感情はなく、感情に理屈をつけたり、正当化する必要はありません。悲しみや怒りをあるがままに感じていいし、むしろ感じとり、表出することが心の回復を助けます。友だちの出産を喜べない自分を責めないで、許してあげましょう。大切な人を亡くした人がやがては悲しみを乗り越えていくように、私たちの心も子どもの有無にかかわらず変化していきます。

赤城恵子(あかぎけいこ)

 1948年生まれ。不妊を体験した後の20年前から臨床心理学、カウンセリング等を学ぶ。現在、「東京メンタルヘルス・アカデミー」カウンセラー、日本家族計画協会「東京都・不妊ホットライン」相談員のほか、「あかぎけいこ・カウンセリングルーム」を開き、全国の不妊に悩む人々の心理相談に携っている。共著に『家族と性』(岩波書店)などがある。